六面地蔵(市有形文化財)

【音声読み上げ】


柳井市日積8090番地

割石集落を少し上がった所に、慶徳庵のお堂があります。
慶徳庵には、お大師様と観音様がまつられており、昔はお坊様がおられ法要も行われていたそうですが、今は無人となり、境内にお坊様独特のお墓が一基残っています。
お堂は岡上(おかじょう)地区の人々によって大切に管理され、毎年施餓⿁(せがき)が行われています。
慶徳庵の境内には、6つの顔を持つ一体の石仏がまつられています。
法衣を着て蓮座の上に立って合掌している姿の石仏で、舟型の光背には、向かって右側に「延命六面地蔵尊為一千部讀追傳也」、左側に「源藝州厳嶋住天文十辛丑三月廿一日定」と刻まれています。
天文10年(1541 年)2月10日、山口を治めていた大内義隆が割石地区を厳島神社に灯明料地として寄進し、厳島神社の神領地となったと『厳島野坂文書』にあります。
神領地となったことで、領地の安泰と人々の延命を誓願して一千部経を読誦し、六道の六地蔵を意識し、同年3月21日、六面地蔵が同地に安置されたと思われます。
特にこの六面地蔵は全国的にも珍しく、作者は厳島の住人源芸州とあり、厳島と割石の関わりを示唆しています。

慶徳庵と六面地蔵堂
慶徳庵と六面地蔵堂

この六面地蔵については、地元で次のような話が語り継がれています。
「昔、柳井の方から山越しに厳島の役人だと名乗る6人の侍がやって来て、厳しい年貢の取り立てや『ご馳走を出せ、刺身を出せ、酒を持ってこい』などと無理難題の接待を押し付けるので、困り果てた村人は、酔って寝ている6人を撲殺してしまった。
役人かどうかは分からないが、心が咎めたため厳島へ行き「役人を殺しました」と申し出ると、「役人は派遣していない」と言われ、分からないまま村に帰った。
とは言え、人を殺しているので、村人たちは、殺した6人の祟りを恐れ、石仏に六面を刻んで霊を弔った。」

慶徳庵 ご案内

慶徳庵 ご案内

六面地蔵までの道案内

六面地蔵までの道案内

(ふれあいどころ437から約5.4km)

【1】ふれあいどころ437の出口から左折。

1車線、約100m

【2】横断歩道のある交差点を右折し、国道437号玖珂方面へ。

2車線、約300m

【3】押ボタン式信号と明教寺のある交差点を左折。

2車線、約800m

【4】突き当たりを右折し、県道151号へ。

2車線、約400m

【5】突き当たりを左折し、県道149号へ。

2車線、約3.1km

【6】峠の手前、左手に「六面地蔵 ここから600m」 の標柱がある。ここを左折。

1車線(幅員狭小)、約600m

【7】案内看板に従って進むと、六面地蔵に到着する。
※【6】~六面地蔵間は幅員狭小のため、🅿で駐車して徒歩移動を推奨