盃状穴〔大原〕
《大原の盃状穴》
この奇岩は、市内数ある盃状穴で代表的なもので、市史の口絵写真にも載っている。
それによると、遠く弥生時代に、ヨーロッパーアジア大陸ー朝鮮半島を経て、日本へ渡来した土俗信仰とある。
韓国では「性穴」と呼ばれ、女性のもつ力が生産・豊作・魂の蘇生をもつと信じられ、穴を掘り祈願したものだが、時代が下がるとこの信仰はすたれた、とある。
以前、この石は大きく地上に露出して、その前に石神様があった。祠のみ、近くの道端に移鎮された。これと同様なものが、国東半島の真木本堂にあり、灯明皿に使ったと表示されていた。 古老の話に、この盃状穴に子供達がヨモギなどをを入れ、搗いて遊んだという。大きさといい深さといい、多くの人の永年の蓄積は驚異である。隣の松重商店は、松島詩子の生家であるが、彼女も子供のころ、きっとこの石でヨモギ餅を搗いて遊んだであろう。日積地区には、これ以外に盃状穴が数多くあり、その場所は日積地区史に掲載されている。