瑞雲寺
1373年「応安6年」大内弘世瑞雲寺伽藍建立(郡志)。正読国師を招いて開山とする。 今も、国師の木像が残っています。本尊は、薬師如来といわれますが、秘仏で、住職の夢枕に立たれない限り、ご開張はありません。 境内八丁といわれる大寺でしたが、大内氏の滅亡で、建物の一部を岩国の寺の用材としたり、他の寺の末…
1373年「応安6年」大内弘世瑞雲寺伽藍建立(郡志)。正読国師を招いて開山とする。 今も、国師の木像が残っています。本尊は、薬師如来といわれますが、秘仏で、住職の夢枕に立たれない限り、ご開張はありません。 境内八丁といわれる大寺でしたが、大内氏の滅亡で、建物の一部を岩国の寺の用材としたり、他の寺の末…
「西善寺」龍源山大字日積 大内義隆の家来「岩政佐源太清綱」は、主家の滅亡後大畠に住んでいたが、弘治元年(1555)ごろ伊陸に移って妻の姓玉井氏を称した。 まもなく同村の永井謀から蓮如の染筆名号をえて真宗に帰依し、伊保庄に赴いて布教に専念したという。初めは誹謗するものも多かったが、しだいに信者を増して…
大規模農道取り付け道を少し上り、左へ草道が岡の原へ通じている。これは、元小瀬ー上関往還の数少ない原形を止めている3尺道(約1m)である。この道端に2体の野仏が鎮座している。 昔、荷物運搬中の馬が倒れたので祀ったといわれる。いわゆる11面の馬頭観音である。今も、時々施餓鬼(せがき)供養の旗を見かける。…
先週の日曜日、ふれあいどころ437誕生祭が開催されました。 ひづみ子ども会育成会も出店させていただきました。 女の子3人がお手伝いしてくました。いい子たちです。 主なものは、妖怪ウォッチとスーパーボールの当てくじ。 今回の当てくじは200円で両方出来て、シールも付けました。 他に50円お菓子と飲料販…
縄文土器片ヘビの装飾。柳井の遺跡で確認。古墳期の建物群も。=柳井市日積の南大原遺跡(西善寺前の舌状台地)で、縄文時代中期(約6000年前)とみられる、ヘビを模したような装飾土器片が見つかった。市教委によると、このような装飾土器は山口県内では珍しいという。M文化財指導員は[ヘビを模したような縄文土器は…
三丘隊が西善寺に駐屯して大島郡の玖可浦戦争に出陣した際炊飯や野営をした場所が、西善寺の近くにある「文殊堂」の広場だといわれています。西善寺前住職が子どもの頃まで炊飯に使用したと思われる大釜があったそうです。 このお堂は、『村記』(江戸初期)に「真言宗大智寺の跡に文珠堂あり。」と出ていますが、正確な創…
《小国茶臼山》 日積の小国にある茶臼山は、なだらかな山並みが、ひときわこんもりと盛り上がった形をしたところで、あたかも茶を挽く臼のように見えるためか茶臼山と呼ばれています。 大昔には円墳であったといい伝えられていますが、中世の頃に山城が築かれていました。 玖珂郡志に、「小国城山。本丸三間半ニ四間程、…
日積中山地区のバス停で見かけた貼り紙です。「スクールバスがとまります。ぼくたちわたくしたちがそうじをしています。マナーを守ってね」 以前は、空き缶や弁当がらが散乱していましたが、今はきれいな状態です。 子どもたちの貼り紙の効果があったようですね。
4月23日(日)にふれあいどころ437の誕生祭が晴天のもと開催されました。 会場は大勢の人であふれ、年々参加者が増えてきている感じがします。 次のイベントは8月14日のサマーフェスタです。 yusan-artさんのチョークアート 日積名物の竹細工コーナー レイフラさんのフラダンス ゼンジー北村さんの…
《大原の盃状穴》 この奇岩は、市内数ある盃状穴で代表的なもので、市史の口絵写真にも載っている。 それによると、遠く弥生時代に、ヨーロッパーアジア大陸ー朝鮮半島を経て、日本へ渡来した土俗信仰とある。 韓国では「性穴」と呼ばれ、女性のもつ力が生産・豊作・魂の蘇生をもつと信じられ、穴を掘り祈願したものだが…